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史読む月日―ふみよむつきひ―

歴史のこと、歴史に関わる現代のことなど。

「冷戦後ネイティブ」と「小林よしのりの現在」———『ナショナリズムの現在 <ネトウヨ>化する日本と東アジアの未来』を読んだ。

ナショナリズムの現在――〈ネトウヨ〉化する日本と東アジアの未来 (朝日新書)

 

萱野稔人小林よしのり・朴順梨・與那覇潤宇野常寛ナショナリズムの現在 <ネトウヨ>化する日本と東アジアの未来』(朝日新書)を読んだ。

この本は第一章の座談会に宇野が司会という形で上記のメンバーが出席し、第二章が萱野と宇野の対談、第三章が與那覇と宇野の対談という形で構成され、全体が宇野を中心に構成された本だ。

宇野常寛という人はよく知らない、というか小林以外はほとんど見当がつかない人たちで、プロフィールを調べてみると彼らは1970年代生まれの論客たちだ、ということが分かった。小林はもちろん『ゴーマニズム宣言 戦争論』などで戦後左翼的な言論空間に風穴を開け、言わば現在の<ネトウヨ>的な言論?状況にある意味道をつけた人なわけだけど、残りの人たちはどちらかというと「良心的左翼」的なスタンスはある程度共有しているように見える。本人たちはそのくくられ方は少々心外かもしれないのだけど。

ということは読み始めて初めて分かったことで、もともとは小林がよく知らない論客たちとどんなことを話しているのだろうという関心で買った本なのだ。他の人たちが70年代生まれということは、要するにみな学生時代か少なくとも20代で小林による「言論革命」に遭遇しているということで、賛成するにしろ反対するにしろ小林の言説は自己形成過程の中で避けては通れないものとして受け取っている、そういう世代なのだと思う。

それは同時に、「共産圏の崩壊」という事態に十代で遭遇しているということで、われわれの世代のような「戦後民主主義マルクス主義的世界観がある種のデフォルト」という世代ではない。だから何というか、逆に言えば彼らはものの発想、社会の在り方や変革のあり方の発想そのものがそういうもの、というかありていに言えば「福祉国家」だとか「社会革命」を前提としてない人たちなので、発想の源みたいなもの自体がよくわからない感じがする。それだけ、敵としてであれ味方としてであれ、われわれの世代は「社会革命」や「福祉国家」を前提とした見方に思った以上に縛られているんだなとも思ったわけだけど。

彼らは基本的に社会変革ないしあるべき変容の方向性として現存資本主義やたとえばマーケティング、ネット社会のようなものを前提とした発想をするわけだけど、私自身がそういうものに何と言うかリアリティをあまり感じられないんだなということ自体が一つの発見ではあった。

最初の座談会で、小林はご意見番的な感じで議論をリードしようという姿勢は持っていない。小林自体は今の<ネトウヨ>のあり方に対して非常に批判的で、宇野によると小林が関わるイベントでは常にネトウヨの攻撃に晒されているのだそうだ。

現状認識に関して、小林の発言は腑に落ちるというか、いままでの彼の言説の中で自分にとって曖昧だった点が明らかになるところもあってそういう意味では読んでよかったと思うのだけど、他の人たちの現状認識というものはどうも基本的に実感として感じられなくて、何というか「デジタルネイティブ」がそれ以前の世代と発想が違う、それはつまり感じているリアリティの種類が違うということなのだが、のと同様、「冷戦後ネイティブ」な人たちの感じているリアリティはまた違うんだろうなと言う気がした。

というわけで、小林の発言で面白いと思ったものをいくつか拾ってみる。逆に言えば他の人の発言はリアリティの感じ方が分からないので言及の仕様がないということなのだけど。

小林も関わった「つくる会」の『新しい歴史教科書』を作る試みの仮想敵は「自虐史観」というよりは「司馬史観」だったということ。自虐史観というのは進駐軍のウォーギルトインフォメーションプログラムそのものに乗っかったような歴史の見方だけど、司馬史観というのはつまり「明治の人は凄くて近代日本を作ったけど昭和の日本人はダメで破滅的な戦争を起こした」という考え方で、まあここまでなら左翼史観の中でも許容可能(学問的でない通俗史観として上から目線で見る前提の上で)だと考えられていた雰囲気が当時あったけど、そのあたりの批判は呉智英などもそういうスタンスだった。

小林が斬新なところは「大東亜戦争」を全面的に肯定したところで、そういう意味では中間的な司馬史観の力を失わせ、「自虐史観」と「大東亜戦争肯定論」という二極分化をもたらしたともいえる。

従軍慰安婦問題にしても、小林は性風俗に対するとらえ方、というか倫理的な許容度が日本と欧米世界では違う、ということを指摘していて、それは確かにそうかもしれないと思った。それは「買春が許容される日本の文化度の低さ」という指摘ではなくて、むしろ「元AV女優であってもタレントとして認められる許容度の広さ」があるという指摘なので、確かにその感覚というか考え方の違いはあるんだろうなと思った。考えてみれば江戸時代から吉原の花魁とかがスターだったりする側面もあるから、そういう感覚で「売春」の問題を語ろうとすると橋下市長のように下手を打ったりする側面はあるんだろうなと思った。そういう意味ではそこに関しては日本は非常に許容度の高い社会かもしれないなとは(もちろん比較の問題ではあるけど)言われてみて思った。

小林は「慰安婦に感謝する」という発言があるけど、つまりそれはそういう人たちを「観音様」的に見るというある種の日本独特の見方を前提としないと、そのことの意味は分からないだろうなと思う。

まあネトウヨの人たちは「そんな細かいこと」に拘らないからいくらでもひどいことを言うわけだけど。

「植民地支配」の賠償責任ということは日韓基本条約の際に法的には決着済みだから日本政府としては何もしようがない、だから民間基金という形や元慰安婦の人たちに首相が手紙を出す、というような「出来る範囲での努力」に関して、今の小林は肯定的に見ている、いや肯定はしないまでも少なくとも黙認せざるを得ないと感じているというのはへえと思ったけど、世界政治の枠組みの中では仕方がないと思っているみたいで、確かにこのあたりに関しても文化的な部分にまで踏み込んで考えてみると、納得はいかなくても「戦後これだけのことを元慰安婦に対してやった」というアピールを世界にして行くくらいしか、方法はないのかもしれないとも思う。まあそうなるとそれは結局はホロコーストに対するドイツのスタンスとそう変わらないことになるわけなのだけど。

まあ、「敗戦国が張られたレッテル」というだけでは片付かない部分がこの問題の裏にはある、というのはちょっと発見ではあった。

もうひとつ、朴が「慰安婦問題は日韓基本条約の請求権協定で解決済みという認識は韓国側にもあるのだけど、まず話を聞いてほしいという部分が彼らにはある」という発言に対して、小林が「西郷隆盛ならそれが出来たのではないか」と言っているのが興味深く、いま小林がやっているのは西郷や頭山から連なる「アジア主義の連帯」についてその歴史を明らかにし、また「そういうことが出来る西郷のような大物」を育てていく試みとしてゴー宣道場をやっている、ということを言っているのがなるほどなあと思った。『戦争論』の頃から、基本的に小林は「戦後の日本人」に対して批判的なのだけど、今ではつまり批判だけでなく実際にこういう人間が過去にはいて、そういう人間を具体的に育てていかなければならないという方向にシフトしている、という小林のが小林の現在なのだなと、よくわかった気がした。

小林が批判的なのはネトウヨだけではなく安倍政権に対してもそうで、安倍が靖国参拝戦没者の慰霊のためにしている、という発言に対し、靖国とはそもそも慰霊の場ではなく英霊を顕彰する場であるのだから、それを慰霊というのはごまかしで、安倍は左翼だ、とはっきり批判しているのが可笑しかった。

小林は従来から「従米右翼・保守」には批判的だったけど、つまりは「アジア主義の夢」の方へはっきりとシフトしているということなんだなあと改めて思う。

アジア主義というのは日本の戦前の右翼の一つの主流でありながら、敗戦によって完全に否定され断絶した流れであって、でも最近インドの独立運動家ボースと中村屋とかの例など、少しずつ見なおされても来ているところでもある。

そのもっとも痛々しい蹉跌の例は日中戦争で南京に進駐したアジア主義者である松井石根大将が、いわゆる「南京大虐殺」の咎で死刑になったことだろう。彼は南京進駐後すぐに統制派支配下の陸軍内部で中国寄りと見られて更迭され、引退後は熱海で「興亜観音」を立てて読経の日々だった。巣鴨プリズンに収容後も毎日読経を続けていたことは、城山三郎の『落日燃ゆ』(主人公は同じく東京裁判で死刑になった唯一の外交官・広田弘毅)の中でも描写され、強烈に印象に残っている。

何というか私は正直、これだけ関係がこじれてしまった中韓をはじめとするアジアとの関係に日本の未来を託そうというアジア主義的な方向性というものに対してあまり関心も期待も持てないのだけど、でもそういう試み自体はあってもいいものなのではないかとは思った。

結局は小林という人はそういう「心意気」の人なんだな、と言うことが改めてわかったのは、読んでの収穫だったと思うのだった。

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今年はあまり更新出来なかったけれども、来年はぼちぼち更新して行こうと思います。本年もお付き合いくださりありがとうございました。よいお年を。