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史読む月日―ふみよむつきひ―

歴史のこと、歴史に関わる現代のことなど。

自分の意見を持つためには(その1)

歴史と現代について考えるために

【自分の意見を持つためには】

あまり当たり前なので書こうとも思っていなかったのだけど、実は案外こういうことで悩んでいる、迷っている人は多いのだということを最近思ったので、自分の意見をどう持つのか、ということについて書いてみたいと思う。

「あまりにも当たり前のこと」と今書いたけど、でもそうなるまでにはずいぶん自分の中でも時間がかかったのだということを、この件について考えていて思い出してきた。

以前は大事だと思うことについて自分の意見を決めるためにかなり徹底的にいろいろなことをしていたのだけど、今では必ずしもそうするとは限らない。無意識のうちにだいたいこれだろうという意見を選んでいる。それでも自分なりには自信を持ってその意見を持っているわけで、ただ単に感覚的に決めているわけではないと自分では思っている。

その辺りのところを少し考えてみよう。

【タイプによる様々な意見の決め方】

人にはいろいろとタイプがあって、それぞれがそれぞれの意見の持ちかたをする。大義名分があるのはどちらか、と考えるタイプ。どちらが世の中で正統とされ、権威があるのか、と考えるタイプ。

自分の好き嫌いで決めるタイプもあれば、自分が好きな人のいうことに賛成する、というタイプもある。より合理的な意見はどちらかと考える人もいれば、心の底から共感しない限り動かないタイプもある。

常に勝ちそうな方に乗るタイプもあれば、負けそうな方をがんばって応援するタイプもある。身内に縁がある方の意見をとるタイプもあれば、この人はなんか可愛らしいから、という理由で賛成する人もある。

まあ、どれがいいとか悪いとかは一概にはいえないのだけど、ただ単に生理的と言うか動物的な次元で決めるのではなく、自分の頭で判断したという満足感を持って自分の意見を持つためにはどうしたらいいかということを考えてみたい。

【大事にしたい二つのポイント:「自分の考え」と「人の意見」】

大事なのは、「自分は何を大事にしたいのか」ということをはっきりさせるということと、「人の意見をよく聞くこと」だ。これはどちらか一方だけでもだめだ。それはまあ、孔子が言っている「学んで思わざればすなわち暗く、思いて学ばざればすなわち危うし」ということと同じだ。「人の意見を聞くこと」が「学ぶこと」で、「自分は何を大事にしたいか考えること」が「思うこと」だと言えるだろう。


さて、そのどちらかに偏ってもだめなんだ、と言うところをふまえた上で、それぞれのポイントを考えてみたい。

 

(その2)に続きます。