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史読む月日―ふみよむつきひ―

歴史のこと、歴史に関わる現代のことなど。

京都造形芸術大学理事長・徳山詳直さんの日本復興構想の熱さ

昨日は京都造形芸術大学の専務理事の徳山豊さんについて書いたのだが、この人も高校からアメリカのミリタリー・スクールに留学したりして凄い人だなと思ったのだけど、この人のお父さん?と思われる徳山詳直さんというこの大学の理事長のインタビュー記事が月刊MOKU2012年5月号に出ていて、こちらがまたなんだか凄い人だった。

 

同志社在学中に日本共産党員として何度も逮捕され、獄中で吉田松陰の伝記を読んで、「昭和の松下村塾をつくる」と決意し、岩倉の山中で牛や豚を飼って牧場をして資金を稼ごうとしていたが、そこに国際会議場ができるということで土地の値段が暴騰し、それで得た資金で京都芸術短期大学を作ったのだと言う。

 

京都では「ゲイタン」と略称されるこの短大のことは、大原由軌子『京都ゲイタン物語」(文藝春秋、2009)で読んだことがあり、何となく親近感があったが、そんな凄い人がつくった大学だとは知らなかった。

 

 

京都ゲイタン物語

 

1991年に四年制の京都造形芸術大学となり、姉妹大学の東北芸術工科大学もつくったのは、「弥生の都」である京都と「縄文の都」である山形を結ぶことで日本列島に中心的な心棒を通し、「アメリカの植民地としての」首都東京の神宮外苑に、学徒動員の御霊を慰める外苑キャンパスをつくったのだと言う。

 

この大学の活動については今までよく知らなくて何で京都の大学が外苑に、と思っていたが、一人の理事長の執念と言うか(ある種妄想に近いような)巨大な思い(込み)によってそんな壮大な(縄文ー弥生ー近代という)三角形が描かれたのだということはある意味では現代の奇蹟に近いと思った。

 

この歴史観だとか構想だとか言うことに、学問的な立場からケチを付ける人はいくらでもいるだろうけど、この人の「日本を復興したい」という思い自体は全く否定できないものだと思うし、「縄文ー弥生の対比」と言う日本文化の形成の構図も今現在どれくらい有効なのかも私自身にはよくわからない(個人的には稲作文化そのものより、もっとあとにやってきた大陸の直接的文字文化の影響の方が大きい気がするのだが)のだけど、ある時代、ある世代の日本間のようなものが反映されている構想であることは間違いなく、多くの検証は必要とするだろうけれども、その志の篤さ(熱さ)のようなものだけは、まず素直に驚くべきものであると思う。

 

藝術立国

 

 

我々、ないし我々以降の世代には、なかなかこの種のとんでもないエネルギーのようなものはなかなかなく、この世代のそういう信念のようなものに、納得いかないまま振り回されて迷惑だと思う面は確かにある。

 

しかし彼らの世代は日本が一個独立の国として、どうやったら生きて行けるのかというのを真摯に問いかけてきた歴史があることは確かで、我々の世代も、安易に現状に妥協するのではなく、根本的なところから我々がどうして行くべきかを考えて行く必要はあるだろうと思う。

 

デフォルトをふまえた上で、デフォルトをも見直し、歴史もふまえた上で、未来に進むべき道を冷静に見極める。人一人の望むことと、多くの人の望むこと。

 

人間は、多くの、解決の難しい問題と今後とも向き合って行かなければならないと思うし、それを耐え抜く強さと、その解決に少しでも近づいて行く、あるいはそれとなんとか付き合って行く方法を見いだすことを楽しみとする、根本的なエネルギーをこれからも必要とするだろう。

 

これからのそういう大志が、今までと同じような徒手空拳の志で成し遂げて行けるものなのか、私にはよくわからないけれども、前の世代の熱い志を一つの鑑として、新たな時代をつくって行かなければならないと思う。